ある種の出来事は、ニュースの中では起きない。

それは一つの家庭の中で起きる。ある日、起きる。信頼できると思っていた制度の中で起きる。

私たちが家族を長期介護施設に預けるのは、愛していないからではない。専門性を信じているからだ。介護職員がいて、看護記録があり、バイタルサインが測られ、行政による施設評価があり、監督官庁がある。一見すると隙のない制度がある。家族が認知症になり、老い、弱っていくとき、もう家庭だけでは背負いきれない重さを、その制度が代わりに受け止めてくれる。私たちはそう信じている。

私のおじは82歳。認知症で、自分の身を守ることも自力で動くこともできず、介護のすべてを施設に頼っていた。

その後、私たちのもとに連絡が入った。

おじが救急外来に搬送された、と。

施設内で事故に遭い、顔から床に打ちつけて負傷したのだという。

救急外来のカルテには、左前額部の裂傷、左顔面の擦過傷、左下腿と膝の挫傷と記載されている。カルテにはこうも書かれていた。「介護職員が患者を抱えて車椅子に移乗させる際に転倒」。これは家族が勝手に想像した話ではない。医療文書に残された、事故の記述である。

しかも検査では、高齢者にとって極めて危険な肺炎まで見つかった。

その瞬間から、私たちが知りたいことはただ一つになった。

いったい、何があったのか。

私たちの出発点

おじが負傷したとき、契約者である家族はそれぞれ日本と台北で働いていて、すぐには駆けつけられなかった。私たちは施設の玄関に乗り込んで騒ぎ立てることも、ネットで吊るし上げることもしなかった。

私たちは自制を選んだ。

私たちは、まず尋ねることを選んだ。

私たちは、手続きに従うことを選んだ。

1月14日、私たちは施設に正式な書面を送り、オンライン会議での説明を求めた。会議の候補日時も、こちらから二つ提示した。

私たちが求めたのは、金ではない。

事故の説明だ。

おじはなぜ、顔から床に打ちつけたのか?

そのとき、誰がその場にいたのか?

移乗の手順はどうなっていたのか?

介護記録には何と書かれているのか?

その後、どう対応したのか?

だが最初に返ってきたのは、明確な説明ではなかった。沈黙と引き延ばし、そしてさまざまな形式上のハードルだった。

施設はその後、個人情報、代理権限、書面による委任などを理由に、書類の補正を求めてきた。私たちはそれにも応じた。委任状を整え、自分たちで時間を工面して、北部まで足を運んだ。

私たちは制度の頭越しに動かなかった。しかもそれは、相手のホームグラウンドの制度だ。

一歩ずつ、制度の中へ入っていった。

1月22日、ようやく会議のテーブルについた

その日、私たちは賠償の交渉に行ったのではない。

真相を聞きに行ったのだ。

ところが現場で待っていたのは、家族向けのただの説明会ではなかった。すでに守りを固めきった場だった。施設側からは特別補佐、看護スタッフ、そして顧問弁護士が同席していた。

施設が弁護士を立てる権利まで否定するつもりはない。

法律はもともと、彼らの武器だ。

だが、だからこそ私は一つのことを確信した。

家族の側が記録を残さなければ、この件は水掛け論の介護トラブルに押し込められてしまう。

だから私たちは録音し、文字起こしを作り、文書を保管し、記録を突き合わせた。

思い込みで相手を責めたことはない。

私たちは、文書で問いを立てた。

その後、バイタルサインの記録を見て、事態はさらに馬鹿げたものになった。

1月22日の協議の場で、施設の職員は、毎朝おじの血圧、体温、血中酸素(SpO2)を測っていると説明した。ところが家族が入手した12月分のバイタルサイン記録表では、血中酸素の欄に「0」か空欄が大量に並んでいた。

だから問いたい。

毎日血中酸素を測っていたのなら、なぜ記録に残っていないのか?

測っていなかったのなら、なぜ会議で測っていると言ったのか?

測ったのに「0」や空欄と書いたのなら、この記録はいったい何なのか?

さらに見過ごせないのは、おじがのちに肺炎と診断されたことだ。高齢者にとって、血中酸素は飾りの欄ではない。呼吸の異常に気づくための、重要な手がかりになりうる。

それなのに12月の丸一か月、血中酸素の記録は存在しないも同然だった。

おじが顔から床に打ちつけて救急搬送されたあとになって、記録に突然、血中酸素の異常値が現れる。誰かが記録を捏造したと、ここで断定はしない。

だが、これだけは必ず問う。

こんな記録を、監督官庁は何を根拠に信用するのか?

こんな記入の仕方で、日常のモニタリングと呼べるのか?

受賞歴のある長期介護施設が、バイタルサインの記録ひとつ家族に読める形で残せないのなら、私たちが信じているのは介護なのか。それとも、一枚の表なのか。

皮肉なことに、この表は施設側が自らの手で渡してきたものだ。

私がどうしても受け入れられないのは、転倒だけではない

高齢者は転ぶ。

認知症の高齢者にはリスクがある。

長期介護の現場は大変だ。

そんなことは、すべてわかっている。

だが本件で家族がどうしても受け入れられないのは、事故のあと、説明と記録と責任のあいだに巨大な食い違いが生じたことだ。

救急外来のカルテに書かれているのは、「介護職員が患者を抱えて車椅子に移乗させる際に転倒」だ。

ところがその後の説明で家族が施設から聞かされたのは、おじが「自分で前のめりになった」「自分で立ち上がった」といった話だった。

おじは82歳、認知症で、自分の身を守る力はなく、介護に全面的に頼っていた。認知症の高齢者が介護の最中に顔から床に打ちつけて負傷したとき、施設が目を向けるのが、介護の手順のどこが崩れたかではなく本人の動きだというのなら、それは単なるコミュニケーションの問題ではない。

責任をどちらの側から見ているのか、という問題だ。

さらに重要なことがある。私たちは、肺炎に先立ってバイタルサインに異常の兆候がなかったかを尋ねた。そして後日バイタルサインの記録を目にして、疑問はいっそう大きくなった。

施設の職員は、毎朝、血圧・体温・血中酸素を測っていると述べていた。ところが家族が記録を入手してみると、12月の丸一か月分、血中酸素の欄には「0」か空欄がずらりと並んでいた。

事故のあとになって初めて、血中酸素の異常値が現れる。

私は医師ではない。

ここで誰かを有罪と断じるつもりもない。

だが家族として、私には問う権利がある。

毎日血中酸素を測っていたのなら、なぜ記録は長期間にわたって空欄や「0」なのか?

記録が信用できるというなら、監督官庁は何をもってそう判断したのか?

記録が信用できないなら、介護の質はいったいどうやって確認されたのか?

NT$88,000で、痛みに蓋をしようとしたことがある

聞こえのいい話ではない。

それでも、正直に書いておく。

NT$88,000で相手と手を打ち、この件を終わらせようと考えたことがある。

互いに、責任は問わない。

NT$88,000でおじの痛みが量れると思ったからではない。

家族がもう、疲れ果てていたからだ。

おじはすでに傷つき、家族は打撃を受け、その後の容体もどんどん込み入っていった。相手が責任を認め、最低限の説明さえしてくれるなら、痛みに蓋をして、そこで終わりにできるかもしれない。そう思ったのだ。

だが、相手は断った。

法外な額を吹っかけてきた、と受け取ったのだ。

それで私は悟った。この件を、もう金額の問題にすり替えさせてはいけない。

私たちが本当に求めてきたのは、最初から金ではないのだから。

求めているのは、これだ。

おじはいったい、どうやって負傷したのか?

事故後の記録は、本当に信用できるのか?

施設は本当に手順を守っていたのか?

監督官庁は、いったい何を調べたのか?

おじが亡くなったあと、私は施設の特別補佐にメッセージを送った。「本日、おじが永眠いたしました。」

既読がついた。返信はない。今日は5月15日だ。

悲しむ演技をしろとは言わない。安っぽい慰めもいらない。だが介護施設が、介護してきた相手が亡くなったというのに、人としての最低限の一言すら返さない。

これは礼儀の問題ではない。介護の関係が終わるとき、施設が一つの家族とどう向き合うのか、という問題だ。私たちと施設のあいだには、まだ白黒のつかない争いが多く残っているのかもしれない。それはわかっている。だが彼は、あなたたちが介護してきた入居者だった。家族が亡くなったと伝えたとき、「ご愁傷さまです」と一言返してほしい。それは、そんなに贅沢な望みだろうか。

5月14日、調停不成立

私たちはその後、新北市政府による長期介護サービス紛争の調停手続きに進んだ。

2026年5月14日、調停は終わった。

結果は、不成立だった。

調停が成立しなかったからといって、問題が存在しないわけではない。

家族と施設、それぞれのこの件に対する理解が、どこにも交わらなかった。それだけのことだ。

相手がこれを、医療費の一部を負担すると言い、わずかな慰謝料まで出そうとした案件だと考えるのは自由だ。

だが家族にとって、この件は最初から、いくら払うかだけの話ではない。

これは制度の問題だ。

長期介護施設で事故が起きる。家族が記録に疑義を見つける。施設には評価も、表彰も、公的なイメージもある。監督官庁が介入してもなお、「記録がどうやって信用されたのか」を家族に理解させられない。そうなれば、これはもう我が家だけの問題ではない。

私たちは、もう十分に自制してきた

まず書面を送った。

まず説明を求めた。

まず委任書類を揃えた。

まず協議の場を持った。

まず調停に臨んだ。

まず、制度に答える機会を与えた。

それなのに、ひと通りすべてを終えた今も、私たちは答えの全体を知らない。

これこそが、私のいちばん深い恐怖だ。

家族が傷ついたことではない。

家族が傷ついたあとも、制度が納得のいく説明ひとつ出せないことだ。

資料を公開するのは、この件を「家族の感情論」としてかき消させないためだ

だから私は、公開資料と本件の分析をまとめた。

ネットで吊るし上げるためではない。

憎しみを煽るためでもない。

長期介護をめぐる紛争が、いつまでも家族と施設のあいだの密室に閉じ込められていてはならないからだ。

監督官庁は答えなければならない。

公的なお墨付きは検証されなければならない。

施設評価の制度は、事故後の追及に耐えるものでなければならない。

長期介護施設が、平時にはブランドや受賞歴や社会の信頼を享受できるのなら、事故が起きたあとには、それと同じ強さの公的な検証を受けるべきだ。

資料と分析の全文は、以下のサイトにまとめてある。

4force lab Public Trust Red Team|EP1 清福・長期介護ブランドの約束破綻診断 https://case2.4force.com.tw/

長期介護を信じていないわけではない

今、どう信じればいいのかがわからないのだ。

現場の介護職員が大変なのは知っている。

長期介護の人手が足りないのも知っている。

高齢者介護がもともとリスクだらけなのも知っている。

だが、大変だということは、記録への疑義に対する答えにはならない。

人手不足は、事故を説明できない理由にはならない。

介護にリスクがあるからといって、家族が曖昧さを呑み込むしかないわけでもない。

人から信頼を奪うのは、必ずしも事故そのものではない。

事故のあと、誰ひとり事の次第をはっきり説明できないことだ。

私の家族は、もういない。

時間を巻き戻すことはできない。

だが、せめてこれだけは知りたい。

おじが、どうして顔から床に打ちつけて負傷したのか。

おじの容体が、どう記録されていたのか。

その記録を、監督官庁がどうやって信用したのか。

そして、次の家族が長期介護を信じるとき、この制度は本当に信じるに値するのか。

あなたは信じるか。私はもう信じない


実話である。脚色は一切ない。

私の名前はWesley Juan(阮定威)。本稿の記述はすべて、救急外来の記録、施設が提供した文書、会議の録音、文字起こし、調停資料、そして家族と施設が実際に交わしたやり取りの記録に基づいている。

憶測はない。点と点を都合よく線で結ぶこともしない。誰かに刑事上の罪を宣告するつもりもない。

私がしたことは、一つだけだ。

あなたたちが自らの手で残した文書と発言と証拠を、同じテーブルの上に並べ直し、社会の検証にさらすこと。

いつか私も、老いて頼る者もいなくなるかもしれない。私も「消される」のかもしれない。だがその日が来るまでに、せめてこの世界に一筆、痕跡を残しておく。私はここにいた。問い続けた。見て見ぬふりはしなかった。その痕跡を。


本稿の初出は方格子(Vocus)、2026.05.15。